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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第45回

「時の流れ」を振り返って

人生は「あらゆるものに時がある」(旧約聖書コルヘトの手紙=NHKこころの時代)などという言葉を耳にすると、時を大切にしなければいけないと思いながらも、つい知らず知らずのうちに、時=年齢を重ねてきてしまったと心が痛みました。そんな時、今年もまた「節分」を迎えたのですが、今年は2月2日が「節分」で、なんと124年ぶりだというニュースを聞き、「時」の重さに圧倒されたのです。

 

時の流れはどうにもできませんが、その中での生き方は年齢や環境により、人それぞれが一本の太い糸(線)に導かれているようにも思えます。そこで、私自身がどんな路を歩んできたかを漠然と思い浮かべてみました。

 

私は熊谷市(埼玉県北部の都市)に昭和5年に生まれ、子どものころは「となり組」(15軒ほどの戦前の連携グループ)の子どもたちと一緒に鬼ごっこ・メンコ・ビー玉などで遊び、戦中は勤労奉仕、戦後は野球で過ごし、大学ではロシア語を専攻し(アメリカ一辺倒の世論に疑問を持ち)、文部省・国立教育研究所に勤め、定年後も二つほどの私立大学に勤務して、現在は長男の家(札幌)で老後を過ごしている、といった状況です。

 

こんなことを縦の線で思い浮かべながら、たまたま机の上を見ると、「年賀状遅れ」のような手紙が数枚届いていました。高校時代の後輩からのもので、昭和24年に埼玉県で初めて甲子園に出場し、グランドに整列しているときの写真が入っており、懐かしさをそそるような内容です。

 

別の手紙では、国立教育研究所に勤めていた時代、私が中心になり45年ほど前から始めた研究会の仲間(ロシア・ソビエト教育研究会)からのものです。毎月1回開いていた研究会には最近出席できず、現在進行中の『現代ロシアの教育改革』の作成もグループの皆さんに任せきりでしたが、「何も心配しないでください。出来上がったら先生にお届けしますから」という内容のものや、メールなども寄せられていました。

 

これらを見ながら、手紙や音信はないけれども、心を痛め、頭を悩ます友人・知人たちの姿も浮かんできました。すでに亡くなられた同僚や下級生、夫や子どもを早く亡くし一人で生きている教え子、家庭内暴力で子どもと一緒に生活できずに苦しんでいる身近な人などで、五指を超える人々の家族や本人の今の生活についてです。

 

そこで「時」という時間を「縦の長い糸」だけで考えることは、あまり意味のないことだということに気づきました。これまで過ごしてきた人生を否定することはできないし、その延長で将来を類推することも納得しきれないのです。そこで「糸は切れるもの」で、切れた糸を「繕う」ことが大切な作業だということに思い至りました。自分の心がゆり動かされた場合、「時」を一時切断して、もう一度つなぎ合わせて修正することができるものではないか、ということです。

 

私自身、教育関係者の一人として長い「時」を生きてきましたが、知らず知らずのうちに何度も糸を切断し、「繕いながら」現在に至っている存在ではないかという問いかけです。

 

先生方も教職という重要な使命を背負って生きているはずです。そこで、「時」の流れの速さに戸惑いや焦りを感じることもあるのではないかと思います。しかし、「時」は切断でき、修正できるものであり、過去を振り返る「ゆとり」の時間を与えてくれる貴重な贈り物なのだと捉えなおすことができないでしょうか。

 

余計なことを考えてしまいましたが、これを身近な表現で言えば、「一日一日を思い起こしながら明日を大切にしよう」ということにもなるでしょう。その当たり前のことを、テレビの言葉や特殊な「節分」に遭遇しながら、改めて思い出した月遅れの新年でした。