ホーム>世界の学校こぼれ話 第4回 空 間 その一

世界の学校こぼれ話 二宮 皓
AkiraNinomiya

【PROFILE】二宮 皓(にのみや・あきら)
1945年、鳥取県生まれ。広島大学教育学部卒。広島大学大学院教育学研究科博士課程中退。大学院在学中米国フルブライト留学(コネチカット大学)。文科省大臣官房調査課、広島大学教授、同大学留学生センター長・教育開発国際協力研究センター長・理事・副学長、放送大学理事・副学長、比治山大学学長などを歴任。専門は比較・国際教育学。著書に『世界の学校』(学事出版)、『21世紀の教育と学校』(協同出版)、『こんなに違う!世界の国語教科書』(監修、メディアファクトリー新書)、『こんなに厳しい!世界の校則』(監修、メディアファクトリー新書)など。テレビ『世界一受けたい授業』への出演なども。

このシリーズは、協同出版発行の月刊『教職課程』に2009 年9月号から2010年8月号までに連載した「放課後の学び舎」を採録したものです。

第4回

空 間 その一

世界の街を歩いて「学校」を識別できますか

世界の街を歩いている時に、これは「学校」だと識別できる方法はありますか。日本の街を歩いていると、これは「学校」だとわかりますね。どうして識別できるのでしょうか。そうですね。自分たちが通った学校だからですね。どの街に行っても学校は同じような様式ですね。つまり学校の空間が慣れ親しんだ日本的学校空間だからです。

そう思って外国の街を歩いてみると、いかがですか。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、韓国、台湾などの都市の街を歩いてみると、多分これが「学校」だとわかりますね。これらの国の学校も慣れ親しんだ「日本的学校空間」だからでしょうか。どうしてこれが「学校」」だとわかりましたか。

手掛かりの一つが、「運動場」「フィールド」ですね。建物の側に、広場という広い、天井のない野外空間(時には緑の芝がはってあったり、土のままであったり、あるいはコンクリートやアスファルトでできていたりしている)が広がっています。あるいは朝の集会を行う「前広場」をもつ建物も「学校」」ですね。マレーシア、シンガポール、インドネシアなどがそうですね(前号のマレーシアの学校の写真風景がそうです)。これを見て、誰しも「学校」だと思います。しかし屁理屈を言えば、それは公園かもしれませんし、あるいは公立の運動競技場かもしれませんね。それがあるからといって、そこが「学校」だとは断定できません。


パリ市内の小学校(左)とリセ(高等学校)(右)

でもどうしてそこが間違いなく「学校」だと確信するのでしょうか。生徒や先生らしき人の姿も見えないのに。特段大きな看板が見えるわけでもないのに。そうですね。教室という空間を組み込んだ「学校の建物」がそこに隣接しているからですね。二つを組み合わせると、それは役所のビルでもなければ、運動競技場や公園でもないと識別できますね。「前広場」には「お立ち台」が設置されていたり、旗を掲げるポールが立っていたりします。それに「校門」があればなお一層「学校」という確信が深まりますね。

しかし世界には、街を歩いていて、これが「学校」だと識別しにくいところもあります。その理由は、「学校」が街の建物に混ざり融けてしまい、何か独特な建築様式でもないことにあります。「運動場」といった緑の空間も見当たりません。多分航空写真を撮ってもこれが「学校」だと識別することは困難だと思います。パリ、ベルリン、ミラノ、コペンハーゲン、ストックホルム、アムステルダム、ブリュッセル、メキシコシティなどがそうですね。非常にわかりにくい。隣の建物と区別がつかないし、「校門」も扉のようなもので、アパートや会社の入り口と何ら変わらない。そうした印象が強く残っています。看板もないですね。そこでこうした街で「学校」を探し当てる方法を工夫しました。それは朝早くホテルを出て、街を少し歩いてみます。そのうち一人の児童・生徒(鞄をもっているし、生徒であることは識別できますので)を発見するので、何となく児童・生徒が歩く方向いて歩いてみる。生徒の数が1人から2人、2人から4人、と増えていき、やがて多くの生徒が一つの建物を目指して歩いていき、「扉」の中に消えていく。そこが「学校」です。「扉」も一定の時間だけ解錠されているのでしょうね。私も生徒について中に入って行ってみました。事務室や校長室がありますので、そこで突然のお願いをしてみるわけです(アポがない場合)。イタリアのフィレンツェの学校ではお願いしたのですが断られました(何でも監督官庁の許可がない限りだめだそうです)。


イタリア・フィレンツェの中等学校 右の建物真ん中が玄関

世界の学校にはそれぞれユニークな「学校の空間」文化があると思います。